追い詰められる

文章を書きながらどんどん追い詰められているという感覚がある。

書けば書くほど書くことができなくなるというような気がするのである。

ここで文章を書きながらも書きたいことを書くことができないというストレスから別の媒体を使って別の文章を書こうとする。

果てはノートに手書きで文章を書いたりする。

 

 

 

本音を書くことができないということなのだろうか?

けれどもそもそも本音とは一体なんだろうか?

ただ書けないだけなのにそれを何か別のもののせいにすることでごまかしているだけなのかもしれない。

書きたいこととは一体なんだろうか?

書けないことが書きたいことなのだろうか?

文章を書きながら背離している感覚がある。

 

 

 

その感覚は文章を書くことだけでなく本を読んでいるときにもある。

読めば読むほど読みたくなくなってしまうのである。

知りたくもないの読んでいる状況になってしまうのである。

知識なんて増やしたくないという自分がいる。

何も知らない方がマシなのではないだろうかと思ってしまうのである。

 

 

 

好奇心で眺めるインターネットのグロテスク画像のようなものなのかもしれない。

眺めているうちは面白いのかもしれないのだけれども、無意識下で自分を傷つけているのではないだろうかと思ってしまうのである。

それは文章にしてもそうだ。

人の悪口を書けば書くほど自分自身を貶めているのだということだ。

精神的自傷行為である。

 

 

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